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Posted by - 2024.05.03,Fri
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Posted by 月 - 2012.01.09,Mon
拍手にhitアンケート回答ありがとうございます。

やっとこへちょ成長記録の【怪訝】の続きを書くことができました。
12月中にアップしたいと言いつつ今何月や…(´∀`;)

前編と結合して一つに纏めております。

時間掛かっておいて残念な物ですが、暇潰しに
見てやるよって方はどうぞ続きを読むより。





 冷たい風が吹いたかと思えば、次の瞬間には暖かい風が吹く。
 木々も人々も忙しない風に身を縮めては綻ばせ、少しずつ訪れる芽生えの季節を待つ。
 その中、下級生たちはひとつ階段を上がり、六年生は庇護を離れ、それぞれの道を歩む。
 そして、また学園に新たな卵たちが誕生した。





【怪訝】





 窓の外には生まれたばかりの鮮やかな緑と、成長を感じさせる深みのある緑が入り混じった木々が、校庭の片隅に、遠くの山にあった。
 故郷を出た時、周りは所々雪が残り地面はまだ寒々しく凍えていたと言うのに、忍術学園へ入学し早ひと月が過ぎようとしている今では地から雪はすっかり消え失せ、代わりに今では土筆やふきのとう、よもぎと春の山菜が芽を出し、地を柔らかな色で染めている。
 たった十数日の事なのに季節の移り変わりは目紛るしいな、と故郷を出た時を思い出し感慨に耽った。

「おーい、雷蔵! そろそろ行こうぜ」
「え?」
「おいおい、聞いてなかったのか? 委員会だよ委員会! 今日雷蔵当番だろ?」
「あぁ、ごめん。今行くよ」

 溌剌とした声に、はっと意識が定まる。そこで漸く自分が時が経つのを忘れている事に気が付いた。外を眺めるのを止めて教室へと身体の向きを変えると、そこには三郎と八左ヱ門の姿。いつまでも外を眺めたまま動かない僕を見兼ねて声を掛けてくれたようだ。

 ごめんと軽く手を合わせると、八左ヱ門はしょうがねぇなぁと笑う。あちこち飛び跳ねるぼさぼさの髪に、陽の光に反射して薄鈍色の髪がきらきらと輝く。それが笑っている八左ヱ門を更に明るく清々しい印象を持たせる。
 八左ヱ門に笑って返すと、今度は三郎が何が面白いものを見つけたような、何か企んでいるとも取れる顔で覗き込んでくる。まるっきり僕と同じ顔で、僕とは全く違う表情を浮かべている様は、面白いの一言に尽きる。
 三郎は一年生ながらに変装の名人と謳われるほど変装が得意だ。入学当初は組学年、果ては先生生徒問わず、誰にでも変装していたけれど近頃は僕の顔をしている事が多い。理由を聞いたらしたり顔で内緒、と言われてしまったが、まぁいいかとそのままにしている。

「また何か悩んでいたのか?」
「違うよ、ちょっと外を眺めていただけさ」
「外? 何かあるのか」

 僕の言葉に興味を惹かれたのか三郎は窓の外に身を乗り出して辺りをきょろきょろと見回すけれど、そこには放課後を迎えた生徒たちが思い思いに遊んでいたりするだけだ。何を見ていたと言えば、風景。としか言えないので、特に目立ったものがあるはずがない。
 八左ヱ門も同じく外を見るけれど、すぐに何もないぞ? と首を捻るばかり。三郎も同じく何も言わないが同じように思っているだろう。

「何もないよ、本当。ただ、春だなぁっと思ってさ」
「春ぅ?」
「あぁ! そうだなぁ、生き物がいっぱい生まれる、いい季節だ!」

 三郎はさも不思議そうに、八左ヱ門は生物委員会の名に恥じず生き物が大好きだから春は良いと満面の笑みを浮かべる。 たった一言に対する反応がそれぞれが違っていて面白いとそう思う。
 くすりと笑みを溢すと、気を取り直して腰を浮かせた。

「それだけだよ、さ、委員会に行かなくちゃ」

 そう言って、さぁ行こうと三郎と八左ヱ門の背中を押す。
 三郎はどこか納得がいかないような顔をしていたけど、本当に何もないのだからどうしようもない。何かと好奇心旺盛な三郎にとって、僕の行動はさぞ不可解に映っているのだろう。探ろうとする視線を躱しつつ、見えないように影でこっそりと口端を歪めた。

「おぉっとそうだった! んじゃ行こうぜ!」
「……はいはい、それじゃ、行きますか。今日はどんなお菓子が出る事やら」

 三郎はふぅ、と溜息を吐くと、次の瞬間にはだらしなく緩んだ。委員会の度に出るというお菓子に思いを馳せているのだろう。
 三郎が所属する学級委員長委員会は、普段特に主だった活動はなく、何か行事がある時ぐらいしか活動しないので、日頃は学園長の庵に集まりお茶をするのが専ららしい。なんとも羨ましいような、それでもそれが毎回続くのかと思うとつまらないような、微妙なところだ。

「三郎んとこはお菓子が出るからいいよなー、でも俺んとこだって、蜂蜜とか木の実とか食べられるけどな! 今日は裏山に入って毒虫の種類を教えてくれるらしくってさぁ、ちょっと怖いけどな、楽しみなんだ!」
「お菓子より毒虫が楽しみねぇ……さすが八左ヱ門だ」
「どういう意味だよ三郎! 別にいいだろ」

 三郎がやれやれ、と肩を竦めると八左ヱ門はむくれて食って掛かる。
 それにしても、楽しみなんだろうなと思うが、毒虫が楽しみと言う八左エ門はちょっと特殊かもしれない。

「気をつけてよ?」
「あぁ大丈夫さ! 先輩たちもいるし、いざという時の為に薬も持って行くみたいだから大丈夫、じゃねぇかな?」

 心配を含めて八左エ門を気に掛けるけど、八左ヱ門はけろりと暢気とも取れる調子だ。けれど、その軽い調子とは裏腹に、目は落ち着いた色を放っている。八左ヱ門は生き物に真剣だ。それはまだ共に生活してひと月も経っていないけど、十二分に伝わってくる。……どうやら余計な心配だったようだ。

「雷蔵の方はどうなんだ? 今日は何やるか決まってんのか?」
「僕の方は本の貸出と整理ぐらいだよ」

 肩を竦めていつもと変わらないさ、と言うと八左ヱ門は、ふーん、と気のない返事をした。外で駆け回る方が好きな八左ヱ門の事だから、きっとつまらなそうだな、とでも思われているのだろう。

「なんかつまんなそうだなー?」
「そうか? 好きに本を読んでいいと言うのなら、中々良いと思うけど……まぁ八左ヱ門には縁のない話か」

 予想通りの事を考えていた八左ヱ門に、またしても三郎がちょっかいを掛ける。人をからかう事が大好きな三郎にとって素直な反応を示す八左ヱ門は格好の標的なんだろう。事実、止せばいいのに八左ヱ門は三郎に食って掛かっているし、それを受け流して更にからかう三郎の表情は嬉々としている。
 学園に入学してまだひと月と経っていないというのに、これが当たり前になってしまっているのだから呆れるばかりだ。そしてそれを中断させるのも僕の役目。何時の間にかそれが常となった。

「ほらほら 三郎、八左ヱ門をからかわないの! 八左ヱ門も三郎がからかってるって分かってるのにそんなにむきにならない! 委員会に遅れちゃうよ!」

 二人の間に割り込み、後ろから軽く頭を叩いて止める。
 三郎は大袈裟に痛がって見せるがそれを無視する。八左ヱ門はばつの悪い顔をして頭を掻くと、軽く手を合わせて謝った。三郎もこのぐらい素直ならいいのに。



*



 そんなお喋りを交えながら歩んで行くうち、気が付けばもう二人と別れる場所まで辿り着いていた。

「それじゃ、また後でなー!」
「またね! 八左エ門怪我しないようにね!」
「行ってこーい。……じゃ、私も行くよ。また後でね、雷蔵」
「うん、三郎もいってらっしゃい。また後で」

 八左ヱ門が元気よく駆け出し、続いて三郎がのんびりと学園長の庵へと向かうのを見届けた後、僕も図書室へと歩みを進めた。
 本は水気と光、火気を嫌うので、学園の中でも比較的隅の方にある。渡り廊下で結ばれてこそいるけれど、そこまでの道のりはあまり人気がなく寂しい。今も校庭の方からは皆の声がここまで響いてくるというのに、渡り廊下には僕一人しかいない。実に寂しいものだ。

 図書室の前に着き、今日一緒の当番は誰だったかな……、と考えつつ戸に手を掛ける。
 かたん、と音を立てて戸を開くと、途端に古びた紙と墨の匂いがふわりと鼻腔を擽った。
 部屋の中は昼間だと言うのにほんのりと薄暗い。火気の使用が認められないここでは火皿などの灯りは存在せず、日の光は本を傷める原因となるため、窓も本棚に直接明かりが届かない位置にある。

 その薄暗い中に、ぽつんと小さな人影がひとつ、あった。
 見覚えのある花色の制服。困ったように垂れ下がった眉に、きゅっと結んだ口。
 一つ上の図書委員、中在家先輩だった。

「こんにちは、中在家先輩」
「……こんにちは」

 ぽそり、と小さく零れた音に、小さく会釈を返す。
 中在家先輩は貸出机に座り、手元には本が開かれていた。静かな図書室で、静かに本を読む人。邪魔をしてしまったかと申し訳なく思い、出来るだけ静かに戸を閉め中在家先輩の隣へと腰を下ろした。

「今日は中在家先輩となんですね。よろしくお願いします」
「……ん」

 中在家先輩は短く応えを返すと、本に栞を挟み貸出机の中へと仕舞う。
 今度は帳簿を取り出して席をを立った。

「まず、本を戻そう……」

 ぽそりと聞こえた声に従い、中在家先輩の後を追う。
 図書室に来て、まず始めにやる事といえば、本の返却作業だ。
 一年生から六年生、食堂のおばちゃん、先生に学園長、果てはヘムヘムと幅広く利用するために、返却用の棚には真新しい冊子から古びた巻物まで、実に様々な書物がずらりと並んでいる。

 中在家先輩は僕に帳簿を渡すと、ずらりと並ぶ書物を抜き出して本棚の間へと消えていった。驚くべき事に、中在家先輩は……いや、中在家先輩だけに限らず、図書委員長や四年生の先輩も、ある程度ならどの書物がどこに仕舞うべきものなのか把握しているらしい。大抵僕に帳簿を預けてしまうと、後はせっせと本の返却作業へと勤しむのだ。
 僕はまだ書物をどこに仕舞えばいいのか分からないので、帳簿を片手にちまちまと書物を戻していく。
 一冊ずつ本の背表紙と帳簿を見比べては、本棚に記された記号を探して元に戻す。時間が掛かってしょうがないが、これでも最初に比べたら少しは早くなったのだ。
 途中、ちらりと中在家先輩の姿を目にしたけど、中在家先輩は両手でいくつもの書物を抱えては、すとんすとんと書物を戻していく。どこに何があるべきなのか分かっているその動きは澱みなく一定だ。

 書物を本棚へと戻しつつ、視線の端にちらちらと映る中在家先輩をこっそりと見る。
 自分から喋る事は少ない中在家先輩は、僕にとってはどうにも近寄り難い雰囲気を持つ。
 委員会中の会話は最低限、そしていつも哀しそうな、と言おうかどこか困ったようなような表情が常のため、どうにも視線を向けにくい。沈黙が続き息苦しいと思うけど、かと言って声を掛けることも憚られるため、互いに一言も口を挟む事無く、傍目には淡々と仕事をこなして行った。



*



 ―――がらっ!

「わっ!?」

 暫くして書物の返却作業も終わり、さて、次は……と考えて時、急に荒々しく図書室の戸が開かれた。静まり返っていた図書室に響く大きな音に、僕の身体は大げさなほどびくんっと跳ね上がり、驚きの声が口をついた。

「ちょーじ! いるか!? いるな! よしっ、バレーするぞ!」
「……小平太、図書室では静かに」

 僕の声に続いて元気の良い声が図書室いっぱいに響いた。更に続いて中在家先輩の静かな声が続き、静寂はあっという間に掻き消えた。

 部屋に入ってきたのは……中在家先輩と同じろ組の七松先輩。中在家先輩の姿を目に止めた途端、次の瞬間には中在家先輩に飛び掛るように突進していた。どすっと鈍い音がして、思わず目を瞑る。そろそろと目を開けてみれば、そこには平然と七松先輩を受け止める中在家先輩と、先輩に対して言うのは失礼だろうけど、まるで飼い主にじゃれつく仔犬のような七松先輩の姿があった。
 嬉しそうな七松先輩に、あやすように七松先輩の背中を叩く中在家先輩。

「長次、今日は遊ぶ約束だっただろう? 早く行こう!」

 元気いっぱいに早く遊びたいと身体全体で主張する七松先輩に、中在家先輩は少し頬を弛めた。
 けれど次の瞬間、ぴくんと眉が寄せられ、垂れ下がった目尻がぎゅっと釣り上がると七松先輩の腕を乱暴に掴み、そのまま図書室の外へと歩き出す。七松先輩はそんな中在家先輩の変化に気付いているのかいないのか、腕を引かれるまま嬉しそうに付着いて行く。
 二人の様子が気になり、僕も着いて行き、戸の内側からそっと外を窺と、中在家先輩が七松先輩を庭へと放り投げていた。

「お? とっと! 長次?」

 背中から落ちた七松先輩は、器用に空中で身体を捻ると難なく地に降り立った。まるで猫のようなその身軽さに、今はそんな場合ではないかもしれないけれど、思わず感嘆の声が漏れた。
 けれどそれも、冷たく響く声にぐっと口を噤んだ。

「小平太、前にも言った。図書室に来る時は、泥を落とすようにと」

 静かに紡がれる言葉は、いつも聞く声と変わりはないはずなのに、身体が竦むような恐怖を感じる。
 それは七松先輩も同じなのか、びくっと首を竦めると、自分の身体を見下ろした。

 確かに七松先輩の身体は少々とは言い難く汚れていた。服も手足も果てには顔に髪、付いて無い場所など無いと言わんばかりに土が付着し、少し身動きするだけでぱらぱらと乾いた土が零れた。
 それに七松先輩もやっと気が付いたのかばつの悪い表情を浮かべると恐る恐る中在家先輩を見上げる。

「す、すまん長次……」
「……小平太、今日は遊べない。今日の当番だった先輩が、実習に行かれた。夜まで戻らない。だから今日は無理だ」

 そう言うと中在家先輩は、ふぅ、と一つ溜息を吐くと、くるりと七松先輩に背を向けて、図書室へと戻ってくる。戸から覗いていた僕は慌てて、知らぬふりをして元の位置に戻るか、そのままでいるか、おろおろと迷うが、直ぐに中に戻ってきた中在家先輩と目が合うと、ぴしりと身体が固まる。
 どうしようどうしようと思考がぐるぐると回り、頭が混乱してくる。あぁ、こんな事なら覗き見みたいな真似をせずにいればよかった!

「……すまなかったな」

 ぽん、と中在家先輩の掌が僕の頭を軽く叩き、そのまますれ違うように中へと入っていく。はっと顔を上げたけれど、視線の先には中在家先輩の背中しか見えない。……気を使ってくれたのだろうか。
 触れられた感触にどことなくむず痒い思いを抱く。けれど、ふと視界を掠めた藍色と空色の色彩に七松先輩の事を思い出し、そっと庭へと視線を向けた。
 そこには、地に視線を落とす七松先輩の姿。先程までの元気な様子は鳴りを潜めており、落ち込んでいるのかな、と心配になる。声を掛けた方がいいのか、それともそっとしておいた方がいいのか……

 どうしたものかと迷っていると、ざっと言う音に、現実に引き戻される。
 急いで庭へと視線を向けるが、そこには七松先輩の姿はとうになかった。僅かに荒らされたそこが、人がいたのだという痕跡を残すばかり。

「……不破、すまないが、少しの間任せる」

 誰もいない庭を暫し見詰めていると、後ろから中在家先輩の声が掛かった。はっとして振り向くとそこには手拭いを持った中在家先輩の姿。よく使っているらしいやや解れた手拭いは、泥に汚れて斑に染まっていた。

「あっ、すみません! 僕手伝わずに……! 僕が洗います!」
「いや、大丈夫だ。不破はここに居てくれ……すぐ戻る」

 中在家先輩を手伝わずにいた事に慌て、せめて洗うぐらいはしなければと思ったけれど、中在家先輩はふるりと緩く首を振ってやんわりと断られた。
 中在家先輩はすぐに戻る、と言うとすれ違い様にまた、僕の頭を一つ撫でて図書室を出て行った。またしても撫でられた事に、相手に気付かれないように僅かに目を見開いて驚いた。
 掌が離れると同時に僅かな体温も消え、その熱の後を追うように視線を取られるがまま、戸の向こうへと消えて行く背中を見送った。

 戸が閉められ姿が見えなくなると、僕は詰めていた息を吐き出すように大きく溜息を吐いた。別に持久走をやったわけでもないのに、どっと疲れた気がする。それもこれも、あの二人が原因だ。

 一度も話した事がないなどとは言わないけれど、話す事が少ない中在家先輩は、僕にとって無愛想でとっつきにくい存在というか、近寄りがたい雰囲気があった。それが、今日一日でどうだ。
 中在家先輩の掌は、優しかった。他の先輩から感じるものと同じく、どこか気持ちが暖かくなる。
 僕の中で中在家先輩は無愛想で近寄りがたい怖い先輩から、暖かみのある優しい先輩へとその印象を変えていた。

 そして七松先輩。七松先輩は大丈夫だろうか。中在家先輩に叱られ、酷く落ち込んでいるように見えた。中在家先輩と七松先輩はいつも仲良さそうに……いや、七松先輩が中在家先輩を連れ回している印象があったが、それでも元気に走り回る七松先輩と、手を引かれていく中在家先輩は僕から見れば無理矢理であっても、互いが一番の友達なのだと他の先輩に聞いた事がある。だから僕は、今日の二人の様子が気になって仕方ない。特に七松先輩のあの落ち込み様は、例え僕でなくとも心配になるはずだ。

 かと言って、下級生である僕がとやかく気にしたり、引っ掻き回すのもどうなのだという思いもある。それともここは下級生だ上級生だと気にせずにいればいいのか……。

 またしてもぐるぐると考えを巡らせ、ああでもないこうでもないと答えが出ない事に大きく溜息を吐いた。



*



 結局……、うんうんと悩んでいたところを戻ってきた中在家先輩に見られ、何でもありませんと誤魔化して委員会の仕事を再開した。
 外は夕暮れを迎え、灯りを使用できない図書室の中は隅の方は既に暗くなり、とても字など読めないような状態だ。
 先程図書室に残っていた人の貸出手続きを終え、部屋は再び僕と中在家先輩だけになった。
 辺りも暗くなってきたところだから、今日はもう終わりになるだろう。

「今日は、これで終いにしよう」
「はい、それじゃ僕戸締りしてきますね」

 思った通り、中在家先輩が終わりを告げたので今度は片付けの作業を始める。僕は窓を閉めるついでに軽く掃除を済ませ、中在家先輩は帳簿を付けた。

 片付けもすぐに終わり、後は鍵を閉めればお仕舞いだ。
 もやもやと気持ちが渦巻き、何度も中在家先輩をちらちらと窺ってみたが当の本人はまるで気にした様子もなく、どうしたものかと悩み、答えがでないままあれよあれよと時が経ってしまった。

 図書室を出て、鍵を掛ける。後は鍵を松千代先生に返しに行くだけなので、今が最後の機会だ。今度こそと口を開きかけるが、それよりも早く、中在家先輩が僕を見た。

「どうした……」

 流石に気がついたのか中在家先輩の顔はいつも通りだったけれど、その垂れた眉根が困ったように見えて、僕は更に慌ててしまう。困らせるぐらいなら、もういっそ聞いてしまえと口を開けば、今まで溜まっていたのだとばかりに次々と言葉が出てくる。
 自分でも話の流れが掴めないような言葉を繰り返して、これでは意味が通じないだろうに、中在家先輩は何も言わず静かに聞いてくれているようだった。
 捲くし立てるように次々と出てくる言葉がやっと尽きた頃、中在家先輩は小さく首を振るとただ一言、心配ない、と言うだけだった。

「ですが……」
「本当に、心配しなくていい。大丈夫」

 中在家先輩の言葉に納得出来ず、尚も食い下がろうと身を乗り出したところで、ぽん、と優しい感触が頭を掠めた。今日は、撫でられてばかりだ……とぽかんと口を開いてその感触の元を辿れば、僕とあまり変わらない小さな手がゆっくりと前後していた。
 じっと僕を見る中在家先輩の目に、ほんのりと浮かぶ優しげな色に惹かれ、ただ撫でられるがまま、その色を眺めた。何とも言えない心地良さに、先程の心配も忘れそうになる。

「不破、もう閉めよう……それと、迎えが来ている」

 だがそれも、触れる時と同じように唐突に終わった。
 中在家先輩は渡り廊下の向こうを見てる。それに続いて視線を向ければ、そこには三郎と八左エ門の姿があった。それぞれの委員会はもう終わったのだろう。二人は中在家先輩に向かって頭を下げると、僕に向かって小さく手を振る。
 二人に先程の光景を見られていたのかと思うと、ぼわっと顔に熱が集まったけれど、それを悟られないようにこちらも軽く手を振り返して、何でもない振りを通す。
 例え自分たち一年生がこの学園では一番年下の存在だとしても、それを同じ一年生に見られるというのは結構恥ずかしいものだ。それが親しい三郎と八左エ門に見られたなら尚更に。

「鍵は、松千代先生に返しておく。不破はもう、終わっていい……」
「え、でも……」
「構わない。……あまり、二人を待たせるな」
「あ、はいっ。え、っと、それではお疲れ様でした。お先に失礼します!」

 勢い良く頭を下げると、二人の元に駆け出す。駆け寄る僕に向かって三郎と八左エ門は笑いながらそれぞれお疲れ、と声を掛けてくれた。それに僕も笑って返す。八左エ門は先程別れた時とは違い、指先には土が付着し、身体には小さな擦り傷が点々と付いている。委員会に行った後の八左エ門はいつもこんな調子だ。また汚れたね、と声を掛けるとまぁなぁ、と何でもないような返事が返ってくる。
 反対に三郎は先程と同じようにどこにも汚れも傷もない。三郎はお疲れーと言うと、はいこれおみやげと、ころんと僕の掌に懐紙に包まれた饅頭を乗せた。僕の掌より少し小さいぐらいの饅頭は艶々としていて且つずっしりと重たい。中には餡がたっぷりと詰まっているのだろう。
 ありがとう、とお礼を言って後で食べようとそれを懐に仕舞った。

「それじゃ、食堂に行こうぜー。もう俺腹減ったわ」
「あはは、待たせてごめんね? というかまず井戸に行こう。それじゃおばちゃんに怒られるよ」
「別に雷蔵が謝ることじゃないぞ。第一、八左エ門さっきやった饅頭食べただろ……あ」
「三郎?」
「ん? どうした」

 不意に三郎の声が途切れた。
 不自然に途切れたそれにどうかしたのかと、僕と同じ横顔を見る。
 少し呆けた顔で、食堂とは反対、つまり図書室の方を見ている。その視線の先を追うように、僕と八左エ門もそちらの方を見ると、そこには中在家先輩と先程のまでいなかった七松先輩の姿があった。

 距離があるため、何を話しているかは分からない。いや、七松先輩の声は大きくてよく通るから、その声だけは途切れ途切れに届いてくるけれど、中在家先輩ははたして話しているのかいないのか、こちらに背を向けているためそれを知ることはできない。
 七松先輩は、先程飛び出していったというに、今は尻込みもせず中在家先輩の前に立っている。その顔は笑顔で、最後に見たあの落ち込みようもまるで僕の見間違いだったのかと錯覚する程に晴れやかだ。

「七松先輩、いつの間に……」

 八左エ門がやや呆然としたように七松先輩を見た。そう言えば、あの騒がしい七松先輩が距離があるとはいえ、僕たち三人誰にも気付かれずにそこに立っていると言う事実に、今更ながら僅かに瞠目した。
 二年生とは言え、一年の差は大きいと言うことなのだろうか。

「こうして見るとさぁ……先輩方って、面白い組み合わせだよなぁ」
「そうだな。あんなに正反対なのに、息ぴったし! って感じだし?」
「そう……それはまるで私と雷蔵のように!」
「……あほか」

 二人の掛け合いもそこそこに聞き流しながら、僕の視線は先輩たちから逸らすことができなかった。
 腕を頭の後ろで組みながら、わはは! と元気の良い笑い声がここまで届いてくる。それに釣られたように、中在家先輩の背中がひくりと揺れた。
 途端、七松先輩はその大きな目を更に大きく見開くと、更に満面の笑みを浮かべて、飛び付くように中在家先輩に飛び掛った。今度は受け止めきれなかったのか先輩たちは衝撃のまま後ろに倒れた。

「わっ!?」
「いったそ……」

 驚いて咄嗟に足が先輩たちの所へ行こうとするが、くんっと袖を引っ張られる感触にたたらを踏んだ。振り返ればそこには七松先輩とは違う種類の笑みを浮かべた三郎の姿。三郎は、大丈夫でしょ。と言って放してくれない。

「でも……」
「大丈夫さ、多分……ね?」

 にま、と笑われるが、その手はしっかりと僕を掴んで放さない。仕方ないと諦めて、また先輩たちの様子を窺う事に専念した。
 倒れこみ、強かに身体を打った中在家先輩と、馬乗りになる七松先輩。傍から見れば喧嘩でも始めたのかという絵面であるが、七松先輩の顔は笑っている。
 そして、それは倒れた拍子にこちらに半身を向けた中在家先輩にも浮かんでいた。
 小さく、緩く綻んだ口元と、微かに聞こえてくる笑い声。小さな小さな、気のせいとも取れる程小さい、それでも楽しそうな色を乗せた声。
 今まで一度も見たことがない、中在家先輩の姿に目が放せなかった。

 ただただ、見る。
 そこに、どこか凪いだ水面を想像させる、やけに静かな声がするりと耳に入ってくる。

「ホント、面白い組み合わせだと思わないか? 全然違うように見えるのに、噛み合うはずもないと。けど、あの二人はどうだ? 互いが一番だと、最も信頼していると言うのが良く分かる。不思議だ」

 そう言う三郎の顔は、言葉通り面白そうに、どこか観察するように先輩たちを眺めていた。

「不思議……そうか? 俺はそうは思わねぇけど……何て言うか、自然、だと思うぜ。何て言えばいいか分からねぇけど……あれが当たり前って言うかさ」

 今度は八左エ門が先輩たちに視線を向けたまま、取り留めもない様子で言葉を紡ぐ。自分でも図りかねているのか、その顔は困惑混じりではあったけど、それに納得したようであった。

 二人の言葉を聞き、すとん、と胸に落ちてくるものがあった。
 先程まで抱えていた不安や、どこかもやもやする気持ち。それらが上手く塞がれた気がした。
 何と言えばいいのだろう。何と表現すればいいのだろう。言葉では表せない何かが喉元まで来ている。

 確かに、中在家先輩の言う通り、心配いらなかった。僕の余計な心配だったのだ。だって、七松先輩が中在家先輩を見る目はとても信頼と親しみの情が目に見える程溢れている。そして、それは中在家先輩にも。

 むずむずとした気持ちが溢れ、その衝動のままに三郎と八左エ門に飛び付く。
 突然の衝撃に二人はたたらを踏んだけど、流石に二人に倒れはしなかった。

「「うわ!?」」
「あははっ! 三郎、八左エ門、もう行こう! 僕お腹空いちゃった!」
「ちょ、おい、雷蔵!?」

 二人の声は無視して、ぐいぐい引っ張って行った。
 もう、心に不安はなかった。あるのは暖かい気持ちだけ。
 それに釣られるように顔が綻んだ。頬が緩み、口端が笑みの形を浮かべるのを止められない、止める理由もない。
 渡り廊下を曲がる寸前、ちらりと背後の先輩たちを見る。
 二人は変わらず、楽しそうにしていた。こう表現しては怒られるだろうけれど、そう無邪気に。

 あの二人は大丈夫、そう思えた。



*



「んで、雷蔵は何にするんだ?」
「……う~~ん?」
「「あーあ」」

 ぐるぐるぐるぐる、悩みは尽きない。










--------------------------------------------------------------------------------
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
吃驚するぐらい時間かかりましたね。そしてわけわからん。

何が書きたかったかと言うとですね。傍から見たこへちょの姿を書きたかったんです。
二人はこの頃から二人の独自の世界を持ってたので、一見分かり難い。
なので周りが振り回される。けど本人たちは日常会話の延長のつもり。
他愛の無い話と言う認識なので困ったね(´∀`)っていうのが…

見事に書けてないねホントごめんなさい!
小平太と長次はまだ友達だよ! まだね!
友達間なのに二人の世界過ぎてマイッタネコリャ!

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